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花岡城(烽火台)

5月後半に久しぶりに信州のお城を巡りました
朝早くに自宅を出発してからまずは最初に5年ぶりに海ノ口城に登り、次に今回紹介する花岡城を訪れました
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花岡烽火台(城)は昔は松明山と呼ばれてましたが現在、地元では城山と呼ばれてます
所在地:佐久穂町海瀬・字・城北、城腰(花岡)

城の構造は主郭を中心に周囲に帯郭や段郭が設けられてます。また東側と北側には尾根を切って堀切が築かれてます
頂上の主郭は広さ60㎡ですが(8m×7m)下の道路からの高さは70mほどあり小さな砦ですが防戦には優れていたと思われます・・・以下略「案内板」より

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東の尾根にある大きな堀切 最も城側にあって両側の斜面にも長く伸びてます。 特に南の段斜面側は70~80m以上はありそうでした

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堀の上幅は4m程で深さは人の背丈ありますが築かれた当時はもっと深かったのだろうなぁ
...と想像しますね

IMG_0338_convert_20170527092528.jpgさらに連続して小&中規模の2条の堀があります。こちらも南側の段斜面を合流して続いてる様子でした

IMG_0349_convert_20170527092844.jpgさらに奥には4本目の堀切でしょうか 小規模で埋もれて今でも消えそうな雰囲気ですが、当時を偲ぶことができる遺構だと思います......

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城山の周囲を幾重にも取り巻く腰郭や帯郭 但し道路や公園化で改変されてそうな部分もあると思うので多少考慮して見たほうがいいかもしれません

IMG_0376_convert_20170527094730.jpg主郭からの眺望は南西に八ヶ岳連峰も見えまして、とても素晴らしいです....また城山が千曲川の右岸にある見事な河岸段丘に隣接してるのがよく分かります(この辺り段丘崖下に沿って小海線が走ってます) 
川の右岸には以前訪れた蟻城も見えますし左岸には大石川烽火台や本間城など興味深い遺構があるようですね



IMG_0397_convert_20170527094550.jpg展望楼にある説明板(+クリックで拡大します)

IMG_0406_convert_20170527094851.jpg東側の余地峠または十石峠を望みます....上州や武州にも繋がる要所であったのだと思われます

IMG_0438_convert_20170527095436.jpg北の尾根に築かれた堀切も見ごたえありました
西側の斜面に縦堀が長く伸びます

IMG_0431_convert_20170527095237.jpg縦堀を降りてみますと麓近くまである長い遺構であったようで(下の方は横堀のような感じです)予想以上で少し驚きましたね。最終期(天正後期頃?)の改修でしょうか....


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北尾根にはちょうど幹別れした木の処にも小さな二本目の堀跡かもと思う箇所があります 
さらにその先に平場があったのでちょっとした出郭なのかもしれません

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帰りに現地のコンビニストア(セブン)で地酒を買ってきました とても旨いですね...

2017年5月下旬訪

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福与城

福与城は上伊那郡箕輪町にある城館跡です。天竜川の東岸段丘の段斜面上にあって、周囲は深い沢や川に囲まれた自然地形を巧みに利用した要害です 戦国時代の天文14年(1545年)には城主藤沢頼親と武田勢とのあいだで50日にも及ぶ篭城戦がありました......

IMG_1235_convert_20160913092233.jpg説明板①{+クリックで拡大します}

IMG_1277_convert_20160912164919.jpg本郭(城)の南と西側には緩やかな斜面で帯郭としての機能もあったかもしれない 虎口なども現状はっつきりしないですが、さほど凝った様子はなさそうです

IMG_1275_convert_20160912165233.jpg主郭から横堀を隔て南城の方面を見る。このあたりには乳母屋敷があったとされる場所のようです....さらにその南側には判の木沢があって天然の深い外壕となっていました

IMG_1233_convert_20160912164257.jpg 本城(主郭)の南側に普請された大きな堀 土橋も架けてありましたが最近の物?かもしれませんね

IMG_1242_convert_20160912165443.jpg  IMG_1271_convert_20160913092139.jpg
                                  説明板②{+クリックで拡大します}                        
一段と高い場所にある本郭は北西南の三方を堀や切岸で囲まれ東は鎌倉沢に面した10m程の断崖になります。
この沢沿い一帯には以前は棚田が広がってたようで、時と場合によっては泥田などにして防御を高めていたのかもしれませんね(想像ですが)

IMG_1243_convert_20160912164417.jpg主郭から北郭(城)を見ます。この城の広大さとか奥行きなどが実感しますね 主郭をはじめ全体的に土塁などは後に耕作地になった為か殆んどないようでしたね... 稲荷社裏の高まりが僅かにある痕跡でしょうか?


IMG_1256_convert_20160917213456.jpg足元をみると夏らしい草花が繁ってます

IMG_1258_convert_20160912164654.jpg主郭と北郭にはなかなかの高低差があります。下り行くと浅めですが幅広な堀があります。自然地形+堀といった雰囲気でありました
このあたり切岸も大きく感じます 夏場で深い草に阻まれこれより先の北城にはは行けませんでしたが雰囲気的にはここが最も堅固そうな感じもしますが...大手口はどうもこの先にあったようで、30m以上ある天竜川の断崖下には町屋(三日町)があったようです



IMG_1280_convert_20160912165142.jpg横堀を隔てて本郭の西下にある二郭(姫屋敷とも)
こちらも草が多い様子で行くのを断念しましたですからもう一度冬場頃にでも来て細部まで見てみたいですね

IMG_1284_convert_20160917214121.jpgやはり主郭の周囲のスロープは自然地形の名残もあるような気もする


IMG_1292_convert_20160912165639.jpg権次郭があった高台 
南東側の豊口に搦手があり往時は外掘りがあったようです.....この権次郭(舎弟権次郎が守備したのか)切岸近くに堀もあったかもしれない。外郭の防ぎの要所になっていたと思えます

2016年8月中旬訪問

場所:上伊那郡箕輪町福与
箕輪南小学校脇の交差点を、ふるさと農道方行に曲がり道なりにしばらく行くと入口案内が見えます


大城山

大城山は(王城山とも)伊那谷の最北部に位置して標高1027m、
頂上からは辰野市街をはじめ南方面を遠くまで望めます


IMG_1202_convert_20160820085537.jpg山頂付近の駐車場までは林道王城枝垂栗線
利用し、途中「日本中心のゼロポイント」の道標のところで未舗装路へ折れて入ります
また林道途中から登山道もあったので、でそちらを利用しても楽しめそうです。

IMG_1181_convert_20160812220721.jpg頂上付近が主郭跡です
公園やパラグライダーの離陸場にもなっていて遺構も改変されてしまったようですね
でも来てみると当時の様子を窺い知れる感じがしました。砦か烽火台だったのでしょうか


IMG_1208_convert_20160820082436.jpg周囲を詳しく見てみると
とくに東や北側などは切岸ぽっい状態の遺構に感じられました。下段には帯郭?(最近の作業道路跡かも)ともいえる痕跡があるようですが....なんともいえませんね

IMG_1216_convert_20160820084724.jpgここからの眺めは絶景です!
伊那谷の箕輪、伊那や駒ヶ根方面までも見えてるのかもしれません....ここは見張りに適した場所だったと思います
天竜川と横川(川)の合流点や荒神山の溜池も良くわかる


IMG_1217_convert_20160812221053.jpg西側の尾根に無線のアンテナ中継所がありますが間に
小規模な堀切跡もありました...夏草で写真では更にわかりずらいですね


IMG_1225.jpg頂上の広場にいた蝶
(+クリックで拡大します)


2016年8月中旬訪問
場所:辰野町辰野、大城山の山頂です


伊那盆地の北部へ

先日は久しぶりにお城めぐりをしてきました 
場所は伊那盆地北部にある龍ヶ崎城と大城(辰野町)それから福与城(箕輪町)になります
まず最初に訪れたのが龍ヶ崎城です

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龍ヶ崎城は穴倉山の尾根が南に大きく湾曲した最南端にある場所の城山になります(高さ865m)
この形が龍の姿に見えることから、その名がついたそうです...
また近くには小横川と大きめな横川川が流れて挟まれた、なかなか要害な場所だと思います。

IMG_1106_convert_20160813173631.jpg登り口にある説明板(+クリックで拡大します)
天文14年(1545)に城に入った深志の小笠原勢を武田の板垣勢が攻めた記録があるそうです。

IMG_1119_convert_20160814094025.jpg登り初めてすぐにある麓の台地にある広場は館跡とされる


IMG_1122_convert_20160812211702.jpg背後には山側と館跡を遮断する堀切跡もみられました 以前は墓地側まで続いてたかも知れませんね


IMG_1129_convert_20160812215322.jpg急登な道を少し行くと龍ヶ崎観音堂が建ってます
本尊は馬頭観音で、このあたりは古来から宮所の牧といわれ馬を朝廷に献上してた場所で、馬とのかかわりが深い歴史や習慣が感じられる


IMG_1134_convert_20160812215414.jpg尾根まできてしばらくすると堀切や郭
などが見られる。夏場で草が多めで写真だと少しわかりずらいですね

IMG_1142_convert_20160812215706.jpg腰郭の近くにある少し不思議な盛り上がり....土塁でも無さそうだし


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そこの頂上には木花開耶姫の石碑と直径1mほどの丸い窪みが....
あとで思ったのですがここは後の時代に造られた富士塚?の様なものでしょうか


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腰郭を上から見てみます

IMG_1151_convert_20160812215620.jpg主郭の手前にある堀切跡

 
IMG_1162_convert_20160812215801.jpg主郭は南北22m、東西10m程で周囲には
土塁跡も残っていてやはりに背後側は少し高めでしたね。麓からの比高は120m程です


IMG_1167_convert_20160812215904.jpg虎口跡と思われる箇所
東側には横川川が流れ、北に行けば小野地区を経て松本盆地へ出られます。向こう側にはこのあと行った
大城の山が見えます
眼下の辰野方面の眺めも素晴らしかったですね....

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主郭背後には大きく鋭い掘切の遺構ありましたので下降してを更に確認したかったのですが斜面が藪で
足元も見えないので引き返すことにしました。
でも残念ですから冬の時期にでもまた来たいと思います(^_^;


場所:長野県辰野町宮所、曹洞宗池上寺さんの裏手山
2016年8月中旬訪問

駐車スペースは横川に沿いの道路を少し上流に行った所の道脇にあったので、そこにしました。




宮田城

八月中旬に伊那谷(盆地)にある宮田城に行ってきました

IMG_0004_convert_20150905195905.jpg登城口にある案内。帰りにこの図を再び見て後悔するのですが....

IMG_0027_convert_20150823100224.jpg長い竪堀 登城道を進むとすぐに見られました。主郭に近い場所から伸びてるので120、30mの長さはあるかもしれません

IMG_0022_convert_20150823091014.jpg急な山肌には多くのが段郭が見られます

IMG_0096_convert_20150905185439.jpg主郭です 直下の帯郭を経て辿り着きました 登り口からの比高差は110m程です 西側に虎口も見られ、郭内は山城なのにかなり広い空間があり、また周囲の土塁も大きくてとても驚きました

IMG_0136_convert_20150905192411.jpg主郭の高い箇所の方の土塁は盛り上げて築いたというよりは主郭の平場を造成する際に山を削って残った部分といった感じかも知れませんね.... 上部には武者走り?というべきほどの幅広さがある

IMG_0082_convert_20150905195632.jpg説明板(クリックで拡大します)
先日購入した本、天正壬午の乱(補正改正版 平山優著)によると乱時に保科氏が高遠城に入った際、近隣である宮田氏も参集した様子なので、おそらく氏の本城として戦国末期まで使われてたのあろうと思われます

IMG_0140_convert_20150905185856.jpg主郭の背後、最初の堀切

IMG_0155_convert_20150905192829.jpg連続してる2本目の堀切。竪堀も下へと伸びてます

IMG_0159_convert_20150905193659.jpg3本目は大堀切です ちょどう自然地形で窪んだ部分も利用して作られてるとは思いますが、それにしても凄いですね

IMG_0177_convert_20150905194835.jpg大堀切② ここで最終かと思いましたが実はあとで気づいたのですが堀などの遺構はまだこの先の上入口,陣場平といった場所まであった模様でした。やはり信州の山城は奥が深い....(・・;)

IMG_0186_convert_20150905195159.jpg眼下に見える伊那盆地の風景 このあたり一帯がが古くは春近領といわれたところでしょうか....

2015年 8月に訪問
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